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サンリオピューロランドの彼の苦悩
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    今日は娘との面会日。彼女のリクエストにお応えして、サンリオ・ピューロランドに連れて行った。

    今回初めて観たステージ「海のメルへン」は、実はこっそり涙するほど感動してしまい、終演後にDVD(まだ未発売とのこと)を探してしまったほどよかった。

    ところが、「Someday II」に出演しておられる、(このステージ自体、以前どこかに、その不自然な演技について寄稿した記憶があるが)

    王子様(ニコル)

    ↑ニコル役のこの俳優さん。(秋光伸次さん)

    初めて彼のニコルを観たのはもう何年前だろう。その後も何回か観たけど、久しぶりに行った今日もまた出演していて、「まだやってたの!?」と正直驚いた。交代制らしいが、ボクが観に行くときは、偶然いつも彼の回。

    でも、初期の頃の彼の熱心な演技はどこへやら、なんか今日の彼は、驚く芝居も悔しがる芝居も喜ぶ芝居も、要するに感情すべてが「こなしてる」だけ。分かりやすく言うと、まるで「できるだけ唇を動かさないで喋っている」ような、身のこなしも「演じているのではなくて、型にはめて踊っているような」、とにかく"やる気(演る気)"が感じられない。

    そりゃあ、毎日毎日、同じことばかり繰り返しやらされていたら、ロボットじゃないんだからそうもなるだろうとも思うし、

    もしかして固定ファンがついたので本人が"勘違い"して、いろんなバージョンで演じ分けているのかなとか、

    あるいは、彼自身がこの仕事に疑問を抱えていてそれが仕事に出てしまっているのかなとか、

    いやいや、今日彼は風邪か、腹の具合が悪かったのかもしれない、

    などなど、勝手に憶測は拡がる。

    いずれにしても、ストーリー以外にそんなことを観ている側に感じさせてしまうようでは、プロとしては失格だ。

    役よりも、本人の都合が見えすぎちゃって、キャラクターたちに声援を送る我が子に、ついでに「がんばれー、ニコルー!」と叫ばせたい気持ちになった。

    ネットで調べると、彼の熱心なファンの方もいるみたいなので、このへんにしておくことにする。

    でも最後に一言だけ言わせて。

    秋光伸次さん、もしこれを見ることがあったら、

    がんばれ、ニコル! 

    この次、観に行ったときに

    期待してるぞ! 

    by 一(いち)父親
    | Theatricals | 23:29 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
    演劇日記『静かなるドンチャン騒ぎ』
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      熱海五郎一座
       楽曲争奪ミュージカル『静かなるドンチャン騒ぎ』
        作:妹尾匡夫  構成・演出・出演:三宅裕司
       出演:渡辺正行・ラサール石井・小倉久寛・春風亭昇太・東貴博・タカアンドトシ 辺見えみり

      静かなるドンチャン騒ぎ

      総合評価 ★★★★☆

      あらすじ:
      東京の軽演劇を伝承すべく「熱海五郎一座」が旗揚げ! 04年に旗揚げ解散公演、大好評につき翌05年に急遽再結成公演を行なった「伊東四朗一座」。伊東四朗一座で番頭役だった三宅裕司が座長となり、“伊東ならぬ熱海、四朗ならぬ五郎”ということで、このたび熱海五郎一座が結成された。

      「テーマは難しく重いものではなく“笑い”で、伊東四朗一座よりも絶対おもしろいものを作るというのが最大の目標です」とは座長の三宅裕司の言葉。渡辺正行、ラサール石井、小倉久寛、春風亭昇太、東貴博ら爆笑を巻き起こしてきた伊東四朗一座のメンバーに、紅一点の辺見えみり、若手で台頭著しいタカアンドトシを加えて、さらに豪華な共演となった。

      今回は、なんとミュージカル仕立ての喜劇。“楽曲争奪ミュージカル”という趣向で、稽古中の歌の出来次第では、歌える曲がなくされ本番での歌はカット!? ミュージカル仕立てなのに出番は!? 生き残りをかけた稽古を乗り越えたのは果たして誰なのか、本番を見届けてほしい! 笑いのプロではあるものの、歌のプロではないメンバーの運命やいかに……。(WOWOW)

      尊敬すべき軽さ。

      三宅裕司自身が「軽演劇」と繰り返しているように確かに軽い。軽いと言っても、軽薄というより、軽妙。

      相変わらずのノリなんだけど、伊藤四郎がいないほうが、なんとなく三宅裕司も生き生きとしているような?

      旬のタカ&トシのネタを活かしたり、懐かしいコント赤信号ネタが見れたり、歌あり笑いあり踊りあり、なるほどこれが軽演劇なんだなあという説得力がある。

      中途半端にむりやり泣かせにきたりしないところもいい。小ざかしい力みがなくて、肩の力が抜けているところが、三宅裕司のすごいところだと思う。
      | Theatricals | 15:12 | comments(0) | trackbacks(10) | - | - |
      演劇日記『12人の優しい日本人』
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        『12人の優しい日本人』

        12人の優しい日本人

        [劇作・脚本][演出]三谷幸喜
        [出演]浅野和之/石田ゆり子/伊藤正之/江口洋介/小日向文世/鈴木砂羽/筒井道隆/生瀬勝久/温水洋一/堀内敬子/堀部圭亮/山寺宏一

        あらすじ:
        有罪か無罪か? 12の陪審員たちが繰り広げる緊迫のドラマ。
        '90年、三谷幸喜が東京サンシャインボーイズ公演として発表した「12人の優しい日本人」。その着眼点と人物描写の素晴らしさ、議論べたの日本人にも陪審員制度が成立するのではないかと思わせるリアリティで、多方面から大絶賛を受けた。過去3度にわたり『東京サンシャインボーイズ』公演として上演され、'91年には映画化もされた法廷ドラマの傑作を、初演から15年、キャスティングを一新した2005年版として、PARCO劇場にてリニューアル上演が決定! 数年先をめどに導入が進められている"新裁判制度"を、はるか15年前に予見したかのような傑作法廷劇に挑む12人の陪審員役には、エンターテイメント各界か人気実力を兼ね備えた役者陣が顔を揃える!(「チケットぴあ」より)

        総合評価 ★★★★☆

        日本人の陪審員制度、ムリじゃない?

        <ネタバレ>

        全体的にはものすごく面白かった。面白かったけど、もう少し陪審員制度導入に対する問題提起色が強くてもよかったのかなっていう気も。まあ、もともとそんな目的の戯曲じゃないのかもしれないけど。

        オリジナル映画を知っている身とすれば、パロディとしてどんなオチが待ち受けているのか期待してしまったけれど、結局、オリジナルと同様の結末で少し肩透かし。オリジナルに笑いと日本人風味をふりかけたと言ったところで、もう少し積極的な違うアプローチがあってもよかったような気も。

        でも装置も演出も良く出来てた。生瀬勝久はなかなかいい役者だねえ。

        ちなみに僕は浅野和之さんと以前同じ舞台に出たことがあって、ストレッチを教わりました。劇中でもその身体の柔らかさを披露していたけど(笑) 相変わらずのご活躍、応援してます。
        | Theatricals | 10:49 | comments(1) | trackbacks(7) | - | - |
        演劇日記『深川暮色』
        0
          劇団民藝公演

          『深川暮色』

          第一部 おみね(「意気地なし」新潮文庫『時雨のあと』 より)
          第二部 おしま、おりつ(「入墨」文春文庫『闇の梯子』 より)

          あらすじ:
           劇団民藝にとって初めての藤沢文学の劇化上演です。藤沢作品の特徴、それは端正な文章、見事な物語づくり、そして悲しみを包み隠したものしずかな作中人物たち、といくらでも挙げられますが、このすぐれた小説世界の魅力を損わずに更に新しい光を当てた舞台を創ろうと考えています。
           吉永仁郎さんはかつて藤沢の短編数作を構成して長編の戯曲を書き高い評価を得ました。今回は前作と違い、キラリとひかる短編小説の魅力をそのまま一幕劇の面白さに再現しようと二作品「意気地なし」「入墨」の劇化に取り組んでいます。これはともにいわゆる市井物と呼ばれる江戸下町の庶民を描いたもので、第一部ではおみね、第二部ではおしま、おりつ、深川裏町でけなげに逞しく生きた三人の女性を軸に物語が展開していきます。
           一幕劇を二本立てで一公演にすることは近頃では珍しくなりましたが、シンフォニーとは違ったソナタの味わいをご堪能下さい。(民芸HPより)

          総合評価 ★★★★☆

          日本人に生まれてよかったなあ。

          なんの予備知識もなく観に行ったら意外によかった。ストーリーはシンプルでも、日本人に生まれた以上、遠い昔の人間模様には無条件でノスタルジーのようなものを感じてしまう。

          ただ、緞帳の使い方が気になった。第一部が終わり、緞帳が閉まって休憩かと思ったら、また上がり、ストーリーの続きが始まったのに違和感あり。

          二部も、カーテンコール前に緞帳が閉まったけど、気持ちが寸断されてよくなかった。暗転でよかったのでは。

          それ以外は、和風薄味だけど、ちょっぴりジンとさせられて良かった。装置や衣装は、もちろんよく出来てる。うらやましい。
          | Theatricals | 17:33 | comments(0) | trackbacks(3) | - | - |
          演劇日記『走れメルス―少女の唇からはダイナマイト!』
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            ■『走れメルス―少女の唇からはダイナマイト!』

            走れメルス

            総合評価 ※評価不能

            あらすじ:
            少女・芙蓉(深津)が愛用する「鏡台」を中心に、鏡の面の「こちら岸」と「向こう岸」の両側を目まぐるしく往復することで展開します。
            登場する人物の大半は、鏡面を境に「こちら」と「向こう」で互いに反転し、呼応しあいます。
            「こちら岸」には、久留米生まれのしがない下着泥棒の少年スルメ(中村勘太郎)と彼のあこがれの少女・芙蓉(深津絵里)がいて、スルメは下着を盗むことで少女への思いをつなごうとします。
            一方、「こちら岸」を反転させた「向こう岸」の世界では、華麗な人気スター、メルス・ノメルク(河原雅彦)がゲスト出演した結婚披露宴から花嫁・零子(小西真奈美)と逃亡し、「七人の刑事」(古田新太ほか)がその後を追います。芙蓉の鏡で二つの世界に隔てられた住人たちは、いつしか反転する互いの姿を求め合い、鏡面を目指して突き進み、そして、その果てには・・・・・。全編を貫くスピード感、現実と虚構、時間と空間を自在に行き来するまばゆいほどの劇的展開、めくるめく言葉遊びの連続、そして、舞台を大きく包みこむ深い叙情感・・・・と、野田戯曲の醍醐味が凝縮されている作品と言えるでしょう。(http://www.nodamap.com/02mel/gaiyou.htm)

            あいかわらず・・・

            WOWOWの本編前の、野田秀樹のインタビューを一生懸命見た。インタビューの中で彼が「最近の若い役者は・・・」という言葉を多用しているのが興味深かったからだ。

            なぜなら、そもそも野田の芝居そのものが、「最近の若い役者」の代名詞のように用いられることが多いからだ。

            その彼が感じている「若い役者」というのが、どうやら「リアルな」「引きの芝居」をする連中を指しているらしいことはなんとなく分かった。

            なんとなく彼が若い世代を批判していながら実は、若い世代が本来の演劇に立ち戻っていることを危惧しているようでおかしかった。

            多くの若い人たちが、これこそ芝居と崇める教祖様。彼が相変わらず、なんの疑いもなく、自分の芝居こそが本物の芝居だと信じていることが、おかしくもあり、ある意味頼もしかった。

            長いインタビューの後、それじゃあ彼の信じる芝居とはどんなものなのか、本編がスタートして、10分も持っただろうか、僕はいつもとまったく同じ気持ちで、静かにDVDの停止ボタンを押した。

            もうこれは、文化としか言いようがない。例えばトランスが好きな若者に演歌を聴かせても、またその逆でも、結局は水と油、音楽という共通点以外はまったくベツモノなのだ。

            僕に言わせれば、現実と紙芝居との差くらい、まったくのベツモノ。演劇でもない、コントでもない。リアルとか現実とか感情とか、そういうものはまったく無視して、ポーズ、型、大声、そういうものを並べていく演劇。それが好きな人が好きなように楽しんでくださいとしか言えない。言えないからこうやって感想を書いたことすらない。

            そしてまた、若い人たちの演劇で、いかにこういうものが多いか。なぜなら彼らが物心ついたときに初めて観た演劇がこういうものなのだから、仕方がないといえば仕方がない。

            正直、野田作品で10分以上観たものがありません。ファンの方、どうぞ、別世界の人もいるんだな程度の認識で勘弁してください。
            | Theatricals | 00:17 | comments(0) | trackbacks(22) | - | - |
            12/1演劇日記
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              コメントにはレスしない主義のつもりなんだけど、いてもたってもいられず布団から起き出してレス。もしこのレスにレスしたかったら明日メールにて下さい。夜だとまた眠れなくなっちゃうから^^;

              僕はこれまでこの劇団で演出をやってきて、どうやったらみんながHAPPYになれるだろうか、どうやったらみんなが芝居に出られるだろうか、そればかり考えていた時期もあった。

              台詞のない人には台詞を増やし、役のない人には役を作り、チラシにどれだけの人数のキャストの名前を並べるかに苦心した。

              だけど、猫も杓子も舞台に引きずり出すことが、必ずしもHAPPYな結果を生むわけではないことを悟った。ご存知のように奇跡の人を決める時には、もう本気で何もかも止めて解散しようと本気で思った。

              あまりに演劇に対しての認識が違いすぎること。それと、僕の知らないところで僕が槍玉に挙がっていることを知らされたからというのもある。一生懸命やってる人間に対して文句が出る。そりゃ皆から見て空回りしていたとすればしかたない。でもその文句が本人の耳に届けば、本人はそれまでみんなのためによかれと思ってやっていたことが途端に馬鹿らしくなる、投げ出したくなる。

              正直今の僕は、もう「お楽しみ演劇サークル」あるいは「仲良しサークル」の幹事役をやる気はまったくない。毛頭ない。

              今の僕は、純粋に芝居が好きな人で、演劇に関する僕と同じ価値観、常識、良識を持っている人、あるいはそれらを受け入れるだけの謙虚さを持っている人としかもう芝居はしたくないと思っている。もう誰も彼もを舞台に立たせるためだけに脚本を用意したり気をもんだり、俳優が来ていない稽古場に欠かさず通うのはごめんだ。本当にごめんだ。

              これまで自分なりに真剣に演劇を作ってきたつもりだ。
              だけど気がついた。ある人たちにとって演劇とは「作るもの」ではなく「出るもの」で、主役か脇役か、出演するのか休むのかというシンプルなものでしかないことを。

              台本は誰かがイイカンジに作ってくれるもので、そこにはみんながそこそこ楽しめる程度に役が用意されているもので、稽古場は自然と用意されているもので、装置や衣装や小道具は劇団が用意してくれるもので、お客さんは自然と集まってくるもので、なんなら自分は恥ずかしいからお客なんて呼ぶなんてとんでもないもので、と、こんな具合。

              こちらでお膳立てしすぎて、公演というものは、劇団というものは、実は演技以外のことのほうが大変なんだよということを、とうとう彼らに理解してもらうことができなかった。まあ、理解したから辞めちゃった人もいるだろうけど、その人はむしろ誠実。

              いいかい、まるちゃん。制作も高齢でいつ倒れるか分からない。舞台監督も仕事や他のつきあいで忙しくなってきた。物理的にあるいは他の理由で出演者が減り、僕も抜擢する俳優を絞っている。

              こんな状態だから、この集まりも演劇集団としては、もうこの先何年続けられるかなんて保証はまったくない。

              だから秋に・・・来年に・・・なんていうことは、僕も制作も一部のベテラン劇団員も、まったく考えてない。今出来ることを今のうちにやっておきたい、というのが僕と、そして劇団主宰者の共通意識なんだよ。

              僕は今後は、自分の好きなことを好きなようにやるだけで、他人の幸せのために自分が不幸せなことはやりません。このスタンスはもう変わりません、あしからず。この境地に至るまでに数年かかりました。

              演劇は個人芸ではない。それも劇団のカラーによっては言えるかもしれないけど、演劇はサッカーや野球のような集団主義、民主主義のものでもない。一人芝居だって出来る自由さが演劇にはある。みんなが僕にあきれ果てて劇団に僕しかいなくなったら、いよいよ僕はイッセー尾形になるかもしれないし、それは演劇においては実際に実現可能なことだ。

              かなりの出入りはあったけど、僕はこれまで僕の演劇スタイルに付き合ってくれた歴々の俳優とスタッフ達には心から感謝している。

              それと同時に、その中で、もっとユルイというと言葉が悪いけど、誰にでもフレンドリーな集団でありたいという声が高まっているのであれば、新しい演劇集団を立ち上げようではないかという新興勢力が誕生することこそ、健全な姿だと思うよ。

              そしたらもしかしたら一人ぼっちになった僕はそこにこっそり混ぜてもらって、そこの方針に黙って従って、みんなが出られる喜劇脚本をせっせと書くかもしれない。入れてもらえればだけどw

              いずれにしても、無限の可能性を持つ、せっかくの若人(たち)が、年寄りの制作や、いつまでも聞きかじってきた演劇論をかざすだけの演出を下から突いているだけでは、な〜んにも生まれないと思う。

              劇団なんて実は有名無実で、その正体は、実際に地道な活動を細々と続けている、ほんの何人かの人たちだけなんだから。その人たちを突いたり改善させようとしたところで、自分達がその人たちに代わってやらない限りは、いつまで経っても何も意味のないことなんだ。

              ***

              と、

              などといった議論はブログで本当はやりたくないので、この件に関するご意見がもしあれば、メールで承ります。昼間に。ヨロシクm(_ _)m
              | Theatricals | 03:25 | comments(0) | trackbacks(4) | - | - |
              11/30演劇日記
              0
                芝居なんて、そもそも紙に書かれた、誰かの頭の中に浮かんだだけの文字を、気が遠くなるほどの時間をかけて自分自身の言葉にし、情景を写実であれ抽象であれ、なんとか具現化し、それに見合う音楽や衣装、大道具小道具を揃え、理屈で考えれば考えるほど限りなく不可能に近いようなことを実現し達成することなんだ。ラクな芝居作りなんて存在しない。

                あの人が出ないから、あの人が手伝ってくれないから、(2〜3回飲みに行く程度の?)金がかかるから、大変だから、なんていう理由で自分のやりたいことを我慢するくらいなら、もともと芝居なんかやっていない。

                どんな公演でも困難は必ずある。それは予算だったり会場だったり装置だったり衣装だったり出演者だったりスタッフだったり、考えてみれば四方八方問題は山積みだけど、問題にぶち当たるたびに、やっぱ無理ですなんて方向で考えたいたら公演なんかできっこない。問題が生じたからあきらめるのではなく、その問題をどう解決するかというベクトルで考えなければ。

                僕は、この考えを他人に押し付ける気は毛頭ない。僕だって人それぞれ価値観が違うのは分かっている。だから無理な人には「無理なら無理しなさんな」と言うだけだ。

                だけど僕と一緒に芝居をやりたいという人が一人でもいれば、僕は彼らの熱意の火を消すようなマネだけは決してしたくないと思っている。

                そういう人たちが集まるというだけでも感謝すべきことだと常に思っているし、次はもうないことかもしれないとも常に思ってる。

                我々の稽古場を予約してくれる人がいるうちに、お金を出してくれる人がいるうちに、いろいろなことを犠牲にしてでも公演に参加してくれる人がいるうちに、あるいは僕自身の情熱が何らかの理由で消えてしまわないうちに、今やれることを後悔のないように精一杯やるだけだ。

                プラスの情熱とマイナスの情熱が同時に混在すれば、僕は迷わず前者に劇団の基準を合わせるべきだと思っている。

                あきらめたり挫折したりするのは、出来るだけのことをやってからでも遅くないからだ。
                | Theatricals | 00:19 | comments(2) | trackbacks(7) | - | - |
                11/21演劇日記
                0
                  さて、次だ・・・!

                  劇団費がとうとう底を尽きて、次回は到底、市民会館を3日も借りられる予算がない。2日だけ借りるにしても5万円程度足りなくなる計算だし、もちろん他にも3万円程度は大道具・小道具で覚悟しておかなきゃならないだろう。

                  それに加え、以前から間接的には聞いていたが、今日初めて舞台監督から、彼自身が5月公演にも参加することが厳しいことを、直接電話でお礼の電話をしているうちに聞かされた。

                  当劇団は、これまでに彼なしで本番を迎えたことは一度もないので、たとえ物理的に彼がいなくても公演が出来たとしても、大先輩である彼が参加しないのに公演を打つことが、果たして同義的に正しいことなのかどうかは判断が非常に難しいところだ。

                  そこで、制作と長時間に渡り話し合った。

                  で、現段階で言えることは、簡単にまとめるとこういうことだと思う。

                  ・制作と演出が、どの道、半年間めいっぱい関わる次回の上演作品は、時が経つと共に記憶から消えゆくような作品ではなくて、たとえエッセンスだけを抽出して象徴的なものにアレンジするにしても、普遍性を持つものをやりたい。

                  ・初回の小ホールでのラボ公演(三月ウサギ)は参加者の割り勘で上演し、それ以降は、劇団予算が底を尽きるまでとりあえずやってみようということでここまできたわけで、今回予算が足りなくなったのは想定範囲内のこと。

                  ・予算の関係から、今回も小ホールで公演するにしても、いずれにしても日程は土曜日仕込みの日曜日2回公演の計2日間。あるいは実験的にゲネプロにも客を入れる???

                  ・試算では、上記日程で、小ホール公演で、仮に不足分を割り勘にした場合、衣装や小道具は全部当人負担にしたとしても、今回の一人当たりの割り勘額はおよそ1万3000円〜1万5000円程度見込み。

                  ・「割り勘でもいいから小ホール公演に出演したい」という俳優を募り、もし芝居が出来るほどの人数が集まればそれを中心に作品選びをし、それ以外の参加者には、照明操作、音響操作、ビデオ操作、あるいは大道具・小道具などのスタッフとしての参加依頼を交渉する。

                  ・舞台監督においては、出来る限り彼の都合のつく日程で調整し、調整しきれないときには、参加者の中から専門で照明操作担当を決めて、舞台監督には、当日参加できるようであれば、今回は純粋に本来の姿である、袖付の舞台監督を担当していただく。

                  ・上記のことが、どうしても成立しない場合は、三ツ木地区会館にて小規模な研究発表程度のことを検討する。


                  これらは、今日現在の制作と演出の話し合いでの上のことであり、今後方針を変更することはありえますが、このブログをお読みの劇団員のみなさんにおきましては、まもなく提出していただく予定の参加表明の参考にしてください。

                  演出家としての本心は・・・

                  もちろん、なんの制約も受けず、やりたい芝居をやりたいようにやりたい!

                  まあ、こうして次の公演について悩んでる期間も、とっても楽しいんだけどね(^^)
                  | Theatricals | 00:20 | comments(1) | trackbacks(269) | - | - |
                  11/21演劇日記 『奇跡の人』終演。
                  0
                    「奇跡の人」が終わった…。

                    今の僕の心境は、「やり終えたー」という爽やかな達成感というよりは、格闘後のアニーとヘレンのように、「ハアハア、ゼーゼー…」といった状態に近い。毎回言ってることだけど、今回も、本当に大変だった。芝居作りに正道や近道はないということを、また改めて思い知らされた。

                    公演が終わって、アンケートの整理をしたり、出来上がったビデオなどを繰り返し観ていると、まだまだ新たな発見があり、稽古中には見えなかった部分、足りなかった部分が見えてくるから、本当に芝居とは、演出とは、果てしなく深いものだとつくづく思う。

                    毎回終わるたびに、次は絶対にもっと楽しくてラクな芝居をやろう!と決意するのだが、毎回稽古が始まってしまうとなりふり構わず完成に向けて突っ走ってしまう。今回も決して和気藹々といったような半年間ではなかった。無茶も押し通したし、ときに俳優を傷つけてしまったり、スタッフにも大変な苦労をかけたりもした。

                    そんな半年間、付き合ってくれて、今回もすばらしい舞台を魅せてくれたキャスト、スタッフのみなさん、本当にありがとう。

                    そして懲りずに次に向けて集まってくれる人たちへ。芝居作りは楽しいことばかりじゃなく、むしろ気が遠くなるほど大変で苦しいことのほうが多いけど、だけど僕はそこが好きでやめられないのです。また良いものが作れるよう、頑張りましょう!

                    観に来てくださったみなさんにも、本当にありがとうございました。また半年後に劇場でお会いできることを、今から楽しみにしています(^^)
                    | Theatricals | 14:47 | comments(2) | trackbacks(561) | - | - |
                    11/17演劇日記 『奇跡の人』舞台稽古
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                      舞台稽古終了。

                      回を重ねるたびに、効率性が上がり、この金曜日の仕込がラクになってきた。

                      もちろんそれは、この公演の計画を始めるときから、各人と交わした約束のおかげでもある。

                      たとえば、ひどいときなんか、演出家と舞台監督とたった一人の劇団員だけで仕込みをしたときもあるほどだから…。

                      舞台稽古の仕上げは、まあまあと言ったところ。前半などは、自分では満足しているけど、初めて観劇した劇団員からは「長い」という声も。

                      後半はちょっと弱い気もするが、ラストシーンでは、我々の至らぬ点を観客の想像力でカバーしてくれることも期待できるに違いない。作品自体がそういう作りになっている。

                      この芝居の稽古を始める前に、「また誰かが化けるところが見たい」という声もあったが、今回もちゃんと化けた俳優がいる。大丈夫。

                      ところで演出家は地味だ。いちばん稽古に多く参加していても、観劇に誘った知り合いからは「なんだ、君は出演しないんだ? 出るときに呼んでよ」と言われてしまう役。

                      出演と演出。同じふたつの漢字なのに、順序が入れ替わるだけで、えらい違いだ。

                      どんなに苦悩しても苦労しても何しても、観客にとってはほとんど関係ない役。ときには俳優からさえも非難されながら、自分の信念とエゴを押し通し続ける精神力が必要とされる役。

                      それじゃあ俳優として出ればいいじゃんということになるけど、今回の作品では客観的にみても僕の出る幕はなかった。僕にも演出としての良識はある。

                      そうだ。もっとも大切なことは、演出家として自分自身の個性もひとつの絵の具と見据え、そのときのメンバーを見回して、作品全体に効果をもたらすと考えれば出るし、その逆なら出ない、それだけのことなんだ。

                      それをこれからのスタンスにしよう。今までも漠然とそうしてきたけど、いまそれを理論的に確信した。

                      今回は、若いメンバー=新人メンバーが中心の芝居になった。ツーカーで渉りあえる仲間との芝居作りというよりは、いかに僕が信じる芝居作りを伝えるか、理解してもらえるかということに、なにより苦心惨憺した稽古だったような気がする。それは舞台稽古に至った今日でも変わることはない。

                      だけど僕自身は、「芝居とは何か、俳優とは何か」ということを伝える、教育者と言えばおこがましいが、講師もしくは指導者として劇団に関わることは、僕が本当にやりたいこととは少し違うような気がしてきている。

                      むしろ、自分のしたい表現を、誰に押し付けることもなく、自分自身で表現することこそ、表現者として目指すべき道なのではないかとも考えるときがある。

                      劇団は切磋琢磨されている。それでも一時は出演者が4〜5人の舞台が中心だった頃の劇団に比べれば華やかだが、僕が他者に謂わば押し付ける、「僕のメソッド」が、ある人たちにとっては、ついてこれないものになっていることは間違いないだろうし、そのことには心が痛む。

                      例えばある男が、自分の後輩を言い負かすために、侃々諤々、後輩と不毛な議論を続けるより、その男にとって、現場に出て、自分の持つ力がどの程度世間に通用するのか、絶えず戦い続けることこそ、彼の才能を存分に発揮させ成長させることであり、生産的な行為だといえるのではないか。

                      これからは、今まで以上に自分自身も画材の絵の具のひとつとして冷静に捉え、小山の大将よろしく若い人たちに自分の演劇論を押し付けることに自己満足するのではなく、一表現者として、もっと貪欲に傲慢に、これまで以上に訴求力の強い作品を世に送り出していきたいと思う、舞台稽古の夜。
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